LOGIC MAGAZINE Vol.12

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今、読者の皆さんと一緒に考えたいと感じた
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今こそ見直したい、堤清二氏が築いたセゾン文化

西武百貨店を中心に、パルコ、無印良品、ロフト、西友など、1980年代に新しい消費文化を牽引し続けたセゾングループ。それらの企業が発信してきた一連のムーブメントはセゾン文化とも言われている。かつて4兆円以上の売り上げを誇ったセゾングループも、ハブル崩壊と放漫経営がたたってグループ解体の憂き目に遭い、その総帥であった堤清二氏に対して厳しい評価も少なくない。今回は功績のほうに目を向けたい。
まず、ゼソン文化の一番の功績は、大衆に文化的なライフスタイルやコンテンツを提供したことである。当時、馴染みの薄かった現代アートや前衛的な演劇、気鋭のファッションブランドなど、独自の審美眼と高い意識で持ち込んだり、「じぶん、新発見。」「不思議、大好き。」など、斬新なメッセージで、広告までも文化に昇華させて時代をリードしてきた。大量生産に大量消費、一億総中流という時代のなかで、それは新しい価値と気づきを与えた。先述した企業のみならず、音楽ソフトのWAVE、書店のリブロ、J-WAVEの開局にも深く関わっている。堤氏は、今でも声高に言われている、“モノ”から“コト”の消費をこの時代から実践していたのである。
その一方で、消費そのものに疑問を投げかけて生まれたのが「無印良品」である。文化的なライフスタイルと共に高まってきたブランド消費に対し、みずから否定し、本当の豊かさを追求した結果できあがった無印良品。当初は西友のプライベートブランドという位置付けであったが、今では売上4,000億規模の上場企業である。その強さは、立ち上げ時の思想を貫き続けてることが大きい。また、日本人の消費の価値観に大きな影響を与え、豊かさを考える大きなきっかけを与えたであろう。
もう1点、無印良品で特筆すべきは、ボードメンバーを一流クリエイターで固めたことである。アートディレクターの田中一光氏や、コピーライターの小池一子氏、空間デザイナーの杉本貴志氏など、立ち上げ前から堤氏と膝を突き合わせ、議論を重ねて築き上げた。これは今の言葉でいうデザイン思考・デザイン経営を、40年以上前に体現していたことになる。あのユニクロも、2015年から世界有数のクリエイティブディレクターであるジョン・C・ジェイを迎え入れ、「Lifewear」というタグラインのもと、メディアやコンテンツを増やし、文化づくりを強化した結果、快進撃を続けている。その手法に、かつての無印良品を彷彿とさせるのは自分だけだろうか。
先行きの不透明なこの時代、企業は経済合理性だけでは立ち行かなくなってきている。エシカルやサテイナブルなどの潮流も含め、改めて「文化」や「感性」が問われる時がきつつあるのではないだろうか。40年前に起こったセゾン文化は栄枯盛衰を辿ったが、これからもヒントの宝庫であることには違いない。(佐々木智也)

参考文献:鈴木哲也(2018)「セゾン 堤清二がみた未来」日経BP社

 

LOGIC | PEOPLE

第一線で活躍するプロフェッショナルの体験や知見から
パフォーマンスアップにつながるヒントを学ぶ。

012
Talknote株式会社
小池はる氏

LOGIC MAGAZINE第12回インタビューは、組織を強くするカルチャーマネジメントツール「Talknote」を提供しているTalknote株式会社の小池はる氏にご登場いただく。2020年で会社設立10年の節目を迎えた同社。その先陣を切る小池氏に、これまでのこと、そしてこれからのことを尋ねた。(聞き手:LOGIC MAGAZINE編集部 佐々木、村上)

 

偉大な経営者たちが繋いできた
バトンを100年後の未来へ

ー2010年の会社設立から10年以上の月日が経ちました。ただ、ひと言で10年と言うことは簡単ですが、その間にはさまざまな出来事があったのではないかと思います。今でも忘れられないことはありますか?

小池:あんまり覚えていないんですよね。常に未来を見ているので、過去のことは弱くて。ただ、サービスをリリースして間もない頃から現在に至るまで、ずっと使っていただいているお客さまがいることは感慨深いですね。僕、以前は飲食店を経営していたんですけど、同じ場所で10年以上存続できる店ってほとんどありませんから。とはいえ、まだまだできていないことばかりですよ。

ーそうすると、10年前に思い描いていた未来との乖離も大きいですか? 過去のインタビューでは時価総額1兆円企業を作りたいとおっしゃっていましたよね。

小池:それは僕が20歳の頃の話ですね。今は、時価総額でいうと1000兆円くらいのイメージで、30年でGAFAMを超えるような企業をつくると言っています。

ー1000兆円!

小池:いま、Microsoftは時価総額で180兆円くらいあるんですよ。これからさらに成長していくと考えると、30年後には700兆円や800兆円になっていてもおかしくないですよね。そうすると、GAFAMを超えるような会社って1000兆円くらいなのかなと。でも、金額はあくまで目標なので大きな意味はないです。それよりも、日本の偉大な経営者たちが繋いでくれたバトンを自分たちの世代で途切れさせてはいけないなと思っていて。このままだと日本が危ない気がするんです。

ー日本が危ない?

小池:日本って本当にすごいと思うんですよ。極東にある島国で、国土も小さいにも関わらず、世界トップクラスのGDPを誇っていたわけですから。そういった状況を誰が築いたのかというと、松下幸之助さんや本田宗一郎さんのような偉大な起業家たちなわけじゃないですか。でも、ITの分野で先人のような結果を出している起業家が日本にいるかと言われたら、名前を浮かべることはなかなか難しいですよね。「イケてるIT企業は?」と聞かれて思い浮かぶのもGAFAM以外だと、Twitter、Oracle、Ciscoとアメリカばかりですし。加えて、最近は中国も勢いを増していますよね。現状、日本はかなり分が悪い。でも、僕は長いスパンで挑んだら勝ち筋はあると思うんですよ。

ーなぜそう思うのですか?

小池:日本って参入は遅くても、100年スパンで見ると上位になっていることが多いんですよね。たとえば自動車業界だったら、フォードやGMが世界のトップシェアを誇っていた頃、後発のTOYOTAは品質も技術も追いついていませんでした。でも、今は世界トップですよね。アパレルにしてもUNIQLOが世界1位を獲得しましたが、30年前は山口県の無名企業で、この状況を予測できた人なんてほとんどいなかったはず。

ーIT業界もこれからどうなるかわからないぞ、と。

小池:はい。TalknoteをPanasonic、SONY、TOYOTA、HONDAのような世界トップクラスの会社にできると信じています。

 

100年後の人たちのために、今できることをする

ー小池さんは未来を先読みして行動する力がずば抜けている印象があります。昔からそういう気質なのでしょうか?

小池:小学生の頃から考えることは好きでしたね。夏休みの宿題に工作の課題があって、学校からは貯金箱を作ることが推奨されていたんです。それで僕も貯金箱を作ることにしたのですが、ただ紙粘土で形を整えて色を塗るだけじゃ面白くないわけですよ。せっかくだったら学校中のみんなが驚くようなものにしたい。それで試行錯誤して、他人がお金を入れたくなる貯金箱を作ることにしたんです。そのときに思い浮かんだのが、おばけの貯金箱。お金を入れたらおばけの目が光って音楽が鳴るっていうもので。

ーすごくユニークな発想ですね。

小池:でも、小学生が作るにはけっこうハードルが高いじゃないですか。親に相談してみたら、青学の理工学部に通っている従兄弟に聞いてみなよって言われて。それで目が光る回路を組み立ててもらいました。外装も父親の知り合いの大工に作ってもらって。実際、学校でもすごく人気で、すぐにお金が貯まりました。

ー仲間を集めて理想を実現していく点では、今とやっていることはほとんど変わらないですよね。

小池:親からも言われますけど、昔からやってることは変わらないですね。もちろん、貯金箱を作るより今の事業づくりの方が楽しいですよ(笑)。

ー今後は日本国内のみならず、グローバルに展開していく予定なのでしょうか?

小池:そうですね。GAFAMのような世界的な企業を超えるとなるとグローバルに展開できないと話にならないと思っています。あと、現在はひとつのプロダクトに集中して提供していますが、将来的にはAmazonくらい多様なサービスを提供したいですね。というのも、僕は日本に生まれて生活できていることにすごく感謝しているんですね。治安もいいし、食文化も豊かだし、何不自由ない。でも、享受している恩恵はすべて先人たちがつくってきたもので、自分自身はまだ何も成し遂げられていません。だから、100年後の未来を生きる人たちのために何か少しでも貢献できればと思っています。

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小池はるさんのパフォーマンスアップのためのルーティーン 

「瞑想」

人って1日のうちに8万回は思考しているらしいんです。ただ、そのうちの8割がネガティブなことらしくて。さらにそのうち8割は毎日同じネガティブなことを考えているらしいんです。だから、頭の中をクリアにして自分の願望に向かう集中力を高めるためにはじめました。基本は1日30分。忙しいときでも5分とか10分は瞑想する時間をつくるようにしています。今はまだ瞑想する人の方が少ないですが、100年後にはほとんどの人が取り組んでいると思うんですよね。歯磨きや美容だって、ここ100年間で市民権を得たわけですし。

 

小池はるさんのおすすめのワークツール

「オーラリング」

フィンランドのスタートアップが開発したデジタルデバイスで、指にはめるとスマホと連動して自分の健康状態を数値化して教えてくれます。最近、アプリが日本語に対応したこともあって毎日スコアを見ています。調子に乗って飲み過ぎたりするとすぐに数値が下がってしまうので、健康への意識が高まりましたね。

LOGIC | CULTURE

教養としてのカルチャーを楽しみながら学ぶ。


「アートのロジック」第3回

『シュルレアリスム』

知ってるようで知らないアートを読み解く連載「アートのロジック」。第2回は、シュールという言葉の語源にもなっているシュルレアリスムについて紹介します。

シュルレアリスムは、1924年にフランスの詩人アンドレ・ブルトンが発表した「シュルレアリスム第一宣言」を契機に隆盛した芸術潮流です。最初は詩や文学の運動でしたが、やがて美術や写真、映画などにも広がり、日本を含む世界中で無数のフォロワーや影響を生んだことから、20世紀最大の芸術潮流とも言われます。彼らは人間の内面や夢の探究、偶然性を利用したさまざまな手法を通して、生の新たなリアリティを掴もうとしました。

日本でこの動向を紹介する際、よく指摘されるのが、訳語である「超現実主義」の「超」のニュアンスについてです。日本ではこれを「現実を超えた」と捉えがちですが、仏語の接頭辞「シュル」には「強度の」や「過剰な」の意味もあります。ここから研究者の巌谷國士は、この言葉を「強度の現実」と捉えるべきだと指摘します。つまり、我々が現実と思い込んでいる「現実以上の現実」を見せるのが、シュルレアリスムだと言うのです。

シュルレアリスムは、先行する「ダダ」と深い関係があります。ダダは第一次世界大戦中の1916年、中立国スイスのチューリヒにやってきた芸術家らが始めた運動です。彼らは理性の結果としての戦争への失望を背景に、一切の意味や価値を否定し、破壊する活動を繰り広げました。その思想は世界に伝播し、各都市に独自のダダ運動が生まれました。

「パリ・ダダ」の一員だったブルトンをはじめ、初期のシュルレアリストの多くは元ダダイストでした。しかし、一種の破壊運動であるダダに持続力はなく、そこに限界を感じたブルトンは、1919年頃から友人と「自動記述」の実験を始めます。これは、事前に何の計画も立てず、高速でひたすら頭に浮かぶ文章を書きつける方法論で、フロイトの精神分析理論に傾倒していた彼らは、そこに理性が及ばない人間の内面が表出すると考えました。

意味を考えられないほどの速度で言葉を書き、いわば言語を「オブジェ」化し、そこに偶然現れた世界から通常の思考では得られない想像力を得ようとする自動記述は、この運動の性格をよく表しています。また、彼らがそれを複数人で行ったことも重要で、折り畳んだ紙に複数人で順番に絵を描いて予想外の結果を楽しむ「甘美な死骸」という遊びなど、シュルレアリスムには一人の主体を超えた創造性を探究するという側面もありました。

1924年の「宣言」を経て、翌年にはパリで初のシュルレアリスム展が開かれました。この展覧会には、1910年代からシュルレアリスムに通じる作品を作っていたデ・キリコやエルンストをはじめ、アルプ、マッソン、ミロらが参加。また運動が進むに従い、タンギーやジャコメッティ、マグリット、ダリら、のちのスター作家たちも加わりました。

シュルレアリスムの大きな特徴は、そこで編み出された表現方法の豊富さです。モティーフを本来の場所から別の場所に移して違和を生じさせる「デペイズマン」、切り抜いた印刷物などを組み合わせる「コラージュ」、石や木材の上に置いた紙を擦ることで凹凸を写しとる「フロッタージュ」など、さまざまな技法が考案されました。たとえば、空に浮かぶ巨大な岩のような馴染み深いマグリットの不思議なイメージは、「デペイズマン」の代表例です。この手法は広告表現にも影響を与え、日本でもしばしば広告に使われました。

シュルレアリスム運動は次第に政治色を強め、1930年代になると、表現の多様化も相まってメンバー間の対立が激しくなります。同時に、ナチスの台頭もあり、シュルレアリストの多くは亡命を余儀なくされました。こうして運動は徐々に勢いを失っていきますが、他方で30年代にはシュルレアリスム国際展と銘打つ展覧会が世界中で開かれ、日本にも評論家の瀧口修造らを通じて紹介されると、若い芸術家に熱狂的に迎えられました。

こうしてシュルレアリスムの影響は世界に広がります。とくにブルトンをはじめ多くの芸術家が渡ったアメリカでは、この運動の紹介が、ジャクソン・ポロックらを代表作家とするのちの抽象表現主義の下地を準備するなど、大きな成果を生み出しました。



杉原 環樹
1984年東京生まれ。武蔵野美術大学大学院美術専攻造形理論・美術史コース修了。出版社勤務を経て、現在は美術系雑誌や書籍を中心に、記事構成・インタビュー・執筆を行う。主な媒体に美術手帖、CINRA.NET、アーツカウンシル東京関連。編集協力として関わった書籍に、卯城竜太(Chim↑Pom)+松田修著『公の時代』(朝日出版社)など。


(この記事は2021/5/14にNewsletterで配信したものです)

 

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