LOGIC MAGAZINE Vol.26

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今、読者の皆さんと一緒に考えたいと感じた
ホットなトピック

 

LOGICはおかげさまで2周年を迎えます。

日頃からLOGICを愛用してくださっている皆様、そして応援してくださった皆様のおかげで
LOGICは、8月で2周年を迎えることになります。心から厚く、厚く御礼申し上げます。

一方で、ミストローションの欠品や、バージョンアップ版の遅れなどで
ご迷惑をおかけしていますことを深くお詫び申し上げます。
ミストローションは追加生産を進めており、バージョンアップ版鋭意進めております。
見通しがつき次第改めてお知らせいただきます。

また、洗顔・ミストに続く新アイテムも開発を進めており、
より充実したスキンケアライフのお力になれると信じております。

3年目以降も、変わらず忙しく働く人のパフォーマンス向上につながる価値を提供し続けていく所存です。
引き続きLOGICのご愛顧の程宜しくお願い申し上げます。

LOGIC代表 佐々木智也

 

LOGIC | PEOPLE

第一線で活躍するプロフェッショナルの体験や知見から
パフォーマンスアップにつながるヒントを学ぶ。
 



026
株会社TETOTETO
井上豪希氏
井上桃子氏(後編)

LOGIC MAGAZINE第26回インタビューにご登場いただくのは、​​食を中心に、人の暮らしの感度を高めるプロダクトを生み出している夫婦ユニット「てとてと」の井上豪希氏と井上桃子氏。全2回でお届けする後編では、二人が立ち上げたブランド「nin」について伺います。(聞き手:LOGIC MAGAZINE編集部 佐々木、村上)

 

いつか食品加工所出身の
スターシェフが生まれたら

ー二人は最近、ロスフルーツを積極的に利用する「nin」というブランドを立ち上げましたよね。これはどういった経緯で誕生したのでしょうか?

桃子:これまではいろんなブランドのお手伝いをしていたのですが、自分たちでもブランドを持ちたいと考えるようになったのがひとつ。あと、地方の仕事を手伝うようになって、私たちなりに解決したい課題も見えてきたんです。

豪希:たとえば、ロスフルーツ。同じだけ手間をかけてつくっても、ほんの少し傷がついていたり、規格外だったりするだけで二束三文になってしまうんですね。でも、それでは農家の負担が大きいだけだし、後継者も続かない。それで去年くらいから僕たちと思いを同じにしている生産者と一緒に動きはじめたんです。

ー具体的にどのような取り組みを?

桃子:まだ実現はできていないのですが、減農薬・無堆肥とか手間のかかるつくり方をしてもらって、代わりに廃棄品でも正規品と同じ金額で購入したいという話をしています。そうすれば、農家の利益を上げることができるし、利益が増えることで土地を手放さなくてもよくなる。それに農薬を減らすことができたら、健康被害を防ぐこともできます。

ー農家が生きるための環境を守れるわけですね。

豪希:それだけじゃなく、料理人の働く場所も新たに用意したくて。飲食の世界ってものすごく厳しいから、体や心が追いつかなくなって料理人になる夢を諦める人がけっこういるんですね。ただ、それでも料理をすることや食べることは好きなままの場合もあって。そういう人たちと働ける場所をつくりたいと思って、製造の拠点として山梨の塩山に食品加工所をつくったんです。

ー食品加工所?

桃子:古民家をリノベーションして食品加工所にしようと計画中です。もともとは出版社を経営されていた方の邸宅兼ブドウ果樹園だったらしく、庭にはさまざまな種類の花や樹が植えられていて、しかも高台にあるから眺望もいいんです。夜景もすごく綺麗だから、シーシャを吸いながら夜をゆっくり過ごすのなんて本当に最高ですよ。

豪希:この新たな拠点で、僕と一緒に「nin」の商品開発に携わってくれる人を増やしたいなと考えています。シェフやパティシエになりたい人はいても、食品加工者になりたい料理人ってなかなかいないじゃないですか。

ーそうかもしれません。

豪希:その構造を変えたくて。料理って基本は1対1なので、一生かけて幸せにできる人の数ってお店を経営しているだけでは限られてくるんですよね。それが食品を加工する側になれば、自分がつくった商品を手にとってくれた人の数だけ人を幸せにできるんですよね。だから、実はすごくやりがいのある仕事だと思うんですよ。将来的には、この場所で働くことが地元に住む子供たちの憧れになったら嬉しいなと思っています。

ー小学校の社会科見学に来てもらうのもよさそうですね。

豪希:受け入れたいですね。あと、最近は「nin」の名前を冠した食品加工所を全国各地につくろうとしていて。

 

全国に「nin」の名前を掲げた食品加工所を

ーいわゆるフランチャイズ化みたいな感じでしょうか?

豪希:そうですね。現在は、塩山のほかに秋田の横手市と男鹿市にも拠点をつくろうとしています。あと、長野にも。

ーなぜ拠点を増やそうと?

豪希:一般的な食品加工所って基本的にOEMで回っているので、何かトラブルが起きたときにラインがすべて止まってしまうんですね。そうすると、従業員の給料が支払われなくなったり、加工されるはずだった食材が廃棄されたりっていう問題が起きてしまう。外部要因に左右されることが多いわけです。だから「nin」では、レシピもデザインもすべて無償で提供していて。そうすると、自分たちで生産ラインをコントロールできる余剰が生まれるじゃないですか。

ーレシピもデザインも無償で提供するということは、二人はどうやって収益を得るのでしょうか?

桃子:パッケージやシールやビンを卸す時に少しだけ利益を乗せています。いわゆるレベニューシェアですね。それで僕たち二人とデザイナーの収益を確保する予定です。

豪希:僕たちがクライアントワークをしているなかで、もっともハードルになっているのが初期費用なんです。そこで止まることが多くて。

桃子:でも、この方法なら生産者さんはリスクのない状態ではじめられるし、やめたいときにやめることもできるんです。

豪希:初期費用が発生しないとなったら、挑戦したいと考える農家さんや食品加工事業者も多いと思うんですよ。しかも「こんなロスフルーツが出たからなんとかしてください」と連絡をくれたら、僕らでレシピを考案してパッケージと一緒に渡すこともできますし。

ーninの取り組みによって、農家も料理人も食品加工所も潤うような仕組みになっているわけですね。

桃子:将来は食品加工所と併設したレストランも開きたいなと考えています。

豪希:眺望がいちばん良い場所を厨房にしようと考えていて。レストランの厨房ってだいたい建物の奥にあるじゃないですか。でも、この場所は料理人や加工所の人たちが働く場所を良くしたいという想いを体現したいので、逆にしたくて。

桃子:客席は庭を活用して自由にレイアウトできたらいいなって。そういう妄想ばかり膨らんでいます。

豪希:「起業家が苦手」とか言っている時代の僕らだったら、たぶんこんなことになっていなかったと思います。でも、今は自発的にいろいろ動けている自分たちがいて。不思議な話なんですけど。いつか食品加工所出身のスターシェフが生まれたら面白いな、なんて思っています。

 

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井上豪希さん、井上桃子さんのパフォーマンスアップのためのルーティーン

「サウナ」(豪希・桃子)

桃子:二人ともに共通してハマっていて。豪希さんは昔からサウナが好きだったらしいんですが、私は数年前に「サウナイキタイ」という情報サイトを見つけたのがきっかけでした。しかも同じタイミングで、オリエンタルラジオの藤森さんがYouTubeでサウナの入り方を解説していて、試しに行ってみたらまんまと通うようになってしまいました。

豪希:僕は中2くらいからサウナが好きなので、桃ちゃんが興味を持つようになって嬉しいです。遠出する際は、サウナのある場所を事前に調べておいて、二人で行くようにしています。整うコツは、脈拍が140を超えた時点から2分くらい我慢すること。その状態で水風呂に入れば100%整います。

「積極的に無駄なことをする」(豪希)

朝起きてすぐって、スマホを触ったり、テレビを点けたりして情報をインプットしがちだと思うのですが、そうすると意識がそっちに向かってしまう気がするんですよね。だから最近は、起きた直後の頭がクリアな状態で自分と向き合うようにしています。最近起きた出来事を振り返ったり、ふと思いついたことについて思考を巡らせたり。そうやってアウトプットすることが、自分の新たな一面を知るきっかけになっています。

「菌活」(桃子)

朝起きてすぐって、スマホを触ったり、テレビを点けたりして情報をインプットしがちだと思うのですが、そうすると意識がそっちに向かってしまう気がするんですよね。だから最近は、起きた直後の頭がクリアな状態で自分と向き合うようにしています。最近起きた出来事を振り返ったり、ふと思いついたことについて思考を巡らせたり。そうやってアウトプットすることが、自分の新たな一面を知るきっかけになっています。

 

井上豪希さん、井上桃子さんのおすすめのワークツール

「リュック」(桃子)

桃子:「NIZYU KANO」というブランドのリュックです。私たちがパワースポットにしている自由が丘の「katakana」という雑貨屋さんの別注品で。子供用なんですが、肩の紐が長くなっているから大人も使えるし、ポケットもたくさんついていて便利なんです。

「Xiaomi Miスマートバンド6」(桃子)

いつも会議の時間を忘れてしまうので、朝起きたら会議の時間を全部セットしてアラームを鳴らしています。このスマートウォッチは手頃な値段で購入できるのも魅力。

「ツヴィリング・J.A.・ヘンケルスの包丁」(豪希)

ドイツのツヴィリング・J.A.・ヘンケルスから発売されているボブ・クレイマーシリーズの包丁です。岐阜県・関市の職人のもとで日本刀と同じ硬度でつくられていて、「世界でいちばん切れる包丁」と言われています。僕が使っているのは、ペティナイフの部類に入るものなんですが、ものすごくコンパクトなので、スペースが狭い日本のキッチン事情にも合っていて、すごく使いやすいんです。包丁は「未来を切り拓く」という意味があるので縁起物としても良いので、友人の結婚祝いや出産祝いにも贈っています。

「箸」(豪希)

ヤマチクさんという熊本県に本社を構える箸メーカーと一緒につくった草木染めの竹箸です。自分が携わった商品のなかでも特にお気に入りのひとつで、箸の先をすごく尖らせているのでものすごく切れます。竹はなかなか色が染まらないのですが、試行錯誤の結果、うまい具合に染めることができました。藍、鉄、梅干しといろんな色を出していく予定です。

LOGIC | CULTURE

教養としてのカルチャーを楽しみながら学ぶ。


「アートのロジック」第9回

『アールデコ』

知ってるようで知らないアートを読み解く連載「アートのロジック」。第9回は、フランス語で「装飾美術」を意味する『アールデコ』です。1910年代〜1930年代にかけて流行し、アート、ファッション、建築と幅広く影響を与えたこのムーヴメントの歴史を辿ります。

「アール・デコ」は、ふたつの世界大戦の戦間期に隆盛した装飾的な様式で、建築や工芸、ファッションなどのデザイン分野をはじめ、幅広い造形芸術で流行しました。

 名称は、「装飾芸術」を意味する仏語「アール・デコラティフ」の略称から。この潮流に含まれるような造形性はすでに1910年代には現れていましたが、1925年にパリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」 (通称「アール・デコ博覧会」)に由来して広く認識されるようになりました。こうした経緯から「1925年様式」とも呼ばれます。

 その造形的な特徴は、多くの場合、19世紀末から20世紀初頭にやはりフランスを中心に欧州各地へと広がった芸術潮流である「アール・ヌーヴォー」(こちらは「新しい芸術」の意味)と対比的に語られます。アール・ヌーヴォーの特徴が、植物や自然を模した優美な曲線や曲面、アシンメトリーな構成を多用する有機性に見られるとすれば、アール・デコの方は流線型や直線、放射線、その代名詞的なオノマトペである「ジグザグ」模様などの幾何学模様が多用され、より人工的で都会的な美に溢れた装飾であると言えます。

 アール・デコ博は、もともと1916年に開催される予定でした。アール・ヌーヴォーのブームからしばらく経っていたフランスでは、それに代わり国を代表する新しい産業デザインの動向が求められていました。これが第一次世界大戦で伸ばし伸ばしとなったわけですが、その遅れの結果、アール・ヌーヴォーから四半世紀も経ったことで、この新しいスタイルには、その間のさまざまな文化や社会動向の影響が含まれることになりました。

 たとえば、当時、新しい視覚性の代表格だったキュビスムや、産業とデザインの新しい融合を目指したバウハウスといった本連載でも取り上げた動向をはじめ、構成主義や未来派のような新時代の美学を模索する視覚芸術の動き、ロシア・バレエ団の美術や衣装、古代エジプトやアフリカの文化なども発想源になったと言われます。後述するように、こうした感覚的な引用に溢れた装飾はときに批判の対象ともなりました。

 もうひとつ、アール・デコを考えるうえで1920年代という時代の社会的なダイナミズムにも目を向ける必要があります。

 この時代は、バウハウスやアーツ・アンド・クラフツ運動の回でも触れた産業化や大量生産がひとつのピークを迎え、史上初の大衆消費社会が到来した時代でした。人々がデパートを闊歩し、ラジオや映画のようなニューメディアが発達、飛行機や自動車によってかつてない速さの長距離移動が可能に。なかでも、自動車の世帯所有率が50%に達していたアメリカの急速な都市化は驚異的でした。当時の新興音楽であるジャズの享楽的な雰囲気もあり、この時代は「狂騒の20年代」「ジャズ・エイジ」とも呼ばれます。

 アメリカはアール・デコ博には参加していませんでしたが、その後、遅れて情報が海を越えると国内でのアール・デコ人気に火がつきました。ニューヨークが、鉄筋コンクリートという新素材の登場を背景として、現在のような空高くそびえ立つ高層ビルの密集した摩天楼の街となったのもこの頃。その代名詞であるクライスラー・ビル(1930年竣工)やエンパイア・ステート・ビル(1931年竣工)など、直線的で対称的な形態、扇型や三角など幾何学的な装飾が施された美しい建物は、アール・デコを象徴する建造物です。

 絵画では、都会的な軽やかさを見せるフランスのロベールとソニアのドローネー夫妻、機械的な美学を探求したフェルナン・レジェらも、この傾向に含まれることがあります。そうした流れのなかで若くして登場したグラフィック・デザイナー、アドルフ・ムーロン・カッサンドルの豪華客船「ノルマンディ号」や寝台列車「北方急行」を描いた街頭ポスターは、この時代の変化する速度感やスケール感を、構成的で明快なデザインで見事に捉えました(ちなみに、カッサンドルはイブ・サンローランのロゴのデザイナーとしても知られます)。

「野獣派」の画家ラウル・デュフィは、その音楽的な色彩と線描の感性をファッション・デザイナー、ポール・ポワレとの共同制作によるテキスタイルデザインで発揮。コルセットを排した直線的なシルエットのドレスは、モードに新風を吹き込みました。ほかにも、ファッションではココ・シャネル、ジュエリーではティファニー、ガラス工芸ではルネ・ラリック、工業デザインではレイモンド・ローウィなどもこの時代を代表します。

 日本でとくに有名なアール・デコ様式の建物と言えば、1933年に宮家の朝香宮鳩彦王の邸宅として建てられた、白金台の東京都庭園美術館でしょう。鳩彦王はヨーロッパを訪れた際、現地で流行していたこの様式に惹かれ、邸宅の内装設計をフランスの室内装飾家アンリ・ラパンに依頼。ラパンは、ルネ・ラリックら同地の一線の造形作家と協働して、これに応えました。ほかにも、直線的なファサードが印象的な伊勢丹新宿本店や、日本橋三越本店の内装も日本にある代表例としてよく挙げられます。

 こうして世界的に人気を博したアール・デコですが、その象徴である1925年の博覧会の開催の頃には、すでに、そこにあるいわば浮ついた装飾への批判の声がありました。その代表が、近代建築の巨匠であるル・コルビュジエです。「住宅は住むための機械である」という言葉でも知られるコルビュジエは、彼が目指す新時代の合理的で機能的な建築像と対比して、機能に回収できない装飾を批判しました。こうした装飾性の否定と建物の合理化への志向は、ウィーンの建築家アドルフ・ロースによる「装飾は罪悪である」という20世紀初頭の痛烈な言葉にも見られるように、近代建築の基本姿勢でした。

 事実、より機能主義的な感性が1930年代に台頭するに従い、豪奢で量産には向いていないアール・デコ様式のブームは衰退。1929年に起きた世界大恐慌で経済が低迷し、高層ビルの建築ラッシュが止まったことも、この華やかな流行が失速する要因となりました。

 その後、アール・デコは時代遅れの様式として否定され、忘れられた存在でしたが、1960年代に今度は近代の合理主義・機能主義が疑問視され、いわゆるポストモダンの時代が訪れるに従い、その先駆としてアール・デコ再評価の動きが起きました。1966年にパリの装飾芸術美術館で開催された「1925年の時代」展は、その契機となった展覧会です。

 いまからおよそ100年前に隆盛したアール・デコ様式。無駄なもの、実用的ではないものに対して不寛容な雰囲気が広がっているようにも感じる現代から、この感覚的な楽しみに溢れたブームを見直すことは、じつは大きな意味があるかもしれません。

杉原 環樹
1984年東京生まれ。武蔵野美術大学大学院美術専攻造形理論・美術史コース修了。出版社勤務を経て、現在は美術系雑誌や書籍を中心に、記事構成・インタビュー・執筆を行う。主な媒体に美術手帖、CINRA.NET、アーツカウンシル東京関連。編集協力として関わった書籍に、卯城竜太(Chim↑Pom)+松田修著『公の時代』(朝日出版社)など。


(この記事は2022/8/31にNewsletterで配信したものです)

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