LOGIC MAGAZINE Vol.35
LOGIC | PEOPLE
第一線で活躍するプロフェッショナルの体験や知見から
パフォーマンスアップにつながるヒントを学ぶ。
035
株式会社HAA
池田佳乃子氏
LOGIC MAGAZINE第35回インタビューにご登場いただくのは、株式会社HAAの池田佳乃子氏です。大分と東京の二拠点生活を続けながら、湯治のライフスタイルブランド「HAA」を手がける池田氏。2021年の起業から現在に至る約3年について振り返ってもらいました。(聞き手:LOGIC MAGAZINE編集部 佐々木、村上)
日常に深呼吸を届けるには?
その問いを解くための1万歩分の1歩
―2021年の起業から現在に至るまでの約3年間はいかがでしたか?
池田:わからないことの連続でしたね。組織づくりや資金繰り、マーケティングにクリエイティブも。経営者ってこんなことまで知らないといけないんだっていう気づきがありました。黒字倒産をしかけたこともあります。SaaSのスタートアップ企業の成長スピードを測る指標にT2D3というものがあるんですね。前年を基準に毎年3倍、3倍、2倍、2倍、2倍と上昇していけば、5年で売上が72倍になるっていう。これを基準に売上目標を立てたら在庫がどんどん増えていくんですよ。そのことを知人に話したら、「業態が違うんだから当たり前じゃん」みたいな反応で(笑)。少し考えたらわかるようなことも理解できてなかったんですよね。
―失敗してから気づく、と。
池田:はい。メンバーはめちゃくちゃ振り回されていると思います。ただ、何も知らないことがラッキーだったと感じる瞬間もあって。聞かないとわからないから、いろんな人と知り合えるんですよね。それに自分が好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、苦手なこともわかるようになったから、自分自身を知る時間だったと考えるとすごく充実していましたね。
―事業のはじまりは、池田さんの地元である大分で湯治文化に触れたことがきっかけなんですよね。都会のライフスタイルに湯治を取り入れることができたら、と。
池田:そもそも私自身が心に余白を持たせることが苦手で、すぐに余裕がなくなってしまうんです。しかも、東京に住んでいるとゆっくりする時間もないというか。いつもどこかで工事をしているし、街行く人たちもなんだか忙しないから、気疲れしてしまう。それで無意識のうちに呼吸が浅くなってしまうんです。
―息切れしてしまう感覚に近いのかもしれないですね。東京に住む人たちのスピード感についていけないというか。
池田:一方で私の故郷である大分では、ふとした瞬間に鳥のさえずりが聞こえてきたり、美しい湯けむりに目を奪われたりと自然を感じる瞬間が多いから、心が休まる瞬間があるんです。この感覚をもっと多くの人に共有できればいいなって。しかも、働き方についてはいろんなところで話されているし、出版物もたくさんあるけれど、休み方については知る機会が少ないじゃないですか。教えてくれる人もなかなかいませんし。
―どちらかというと、これまでの社会は休むことに対してネガティブに受け取られることのほうが多かったですもんね。
池田:でも、みんな休みたいはずなんですよ。だから、どうしたら休めるのかという視点を持つことができれば、意識も変わるし、生活にも変化があると思うんですよね。
人生をかけて居心地のいい場所を探している
―そうすると、この3年は休み方について考えてきた期間でもありますか?
池田:そうですね。「日常に、深呼吸を届ける。」というミッションのとおり、どうしたら世界中の人々に深呼吸を届けることができるのかをずっと考えてきました。
―3年で実現できたこと、逆にできなかったことは?
池田:私たちがメインで取り扱っている商品はエッセイ付きの入浴剤で、愛用してくださっている方々には、ゆったりしたひとときを提供できていると思います。ただ、そういう時間を楽しめる方って、心にまだ余裕がある場合が多いんですね。
―確かに、ゆったりする時間がない、もっというと自分が何をしたらゆったりできるのかを考える余白すらないほど精神的に追い込まれているケースもありますよね。
池田:私たちは深呼吸に「深さ」と「頻度」があると考えていて。それを縦軸と横軸にしてマッピングしてみると、入浴剤は週に1回くらい使う方が多いので、深さはあるけど頻度は低いんです。だから、もっと手軽に深呼吸できる機会をつくれたらいいなって。それと同時に、日本全国にある湯治宿に足を運ぶきっかけもつくっていけたらと考えています。それがいちばん頻度が少なくて深度があることなので。でも、まだまだ先は長いですね。
―達成度合いでいうと、どれくらいの感覚でいますか?
池田:世界中の人に深呼吸を届けることをゴールとしたら、1万歩分の1歩目くらい。深呼吸することを日々の暮らしに根づかせるためには膨大な時間が必要だろうから、私が生きている間には達成できないかも。
―その場合、池田さんの役割はどういうものだと定義していますか?
池田:当たり前ですが、最初の一歩を踏み出す第一走者ですかね。死生観の話になってしまうのですが、人はどうせ死ぬと考えているんですね。それが明日のことなのか、70歳のことなのかの違いなだけで、そのときがいつ訪れるのかは誰にもわからない。ただ、一人ひとりに何かしらの問いが与えられていて、自分なりに考えて答えを出すために生きているんだと思うんです。
―池田さんに与えられた問いは?
池田:私の場合は「日常に、深呼吸を届ける。」というミッションが問いにもなっていて、どうしたら多くの人に深呼吸を届けることができるのかを必死に探しています。でも、答えは次の人にバトンを渡すときにしかわからない気がするんですよね。死ぬ瞬間に謎が解けるというか。
―それは答えであり、新たな問いであるかもしれませんね。
池田:宮崎 駿監督も「君たちはどう生きるか」という問いを残していますしね(笑)。ただ、時代は変化していくから問いに対していろんな解釈があっていいし、正解もひとつじゃなくてかまわないと思うんです。自分が納得できるものであれば、なんだっていいのかなって。
―最短でIPOを目指すとか、年間売上をいくらにするとか、そういうわかりやすい目標を立てることにはあまり興味がないですか?
池田:そうですね。以前は、具体的な目標を定めたほうがいいかなと悩んでいた時期もあったんですけれど、得意じゃないからやめてしまいました。あと、アクセラレータープログラムにも参加しようと考えた時期があるのですが、それもしんどくなりそうだからやめて。私、周囲と馴染むのが苦手なんですよ。居心地がいつも悪くて。
―意外です。
池田:小学生のときは自分の席をダンボールで囲って授業を受けていました。あと、帰りの会も出る意味がわからなかったから、ボイコットして学校の外にある倉庫で時間を潰していました(笑)。学校の先生からしてみたら、本当に困った生徒だったと思います。
―それで言うと、人生をかけて居心地のいい場所を探しているのかもしれないですね。
池田:だから、自分で会社を興して、指針を立てて、メンバーと一緒に前に進んでいくのは、私としてはすごく気持ちのいいことなんです。経営者が向いているかは別にして。
『ONE PIECE』みたいに仲間を増やしていきたい
―池田さん自身の経営者としての成長については、どのように考えていますか?
池田:それは現在進行形で抱えている課題ですね。6月で3期目が終わって7月から4期目がはじまるので、いろいろ振り返りをしているところなんですけれど、4期目は組織づくりに力を入れようと考えています。HAAは、フルコミットのメンバーが私を含めて5人。フリーランスのメンバーを入れると10人ぐらいの組織なんですが、活動拠点も活動時間もそれぞれ違うので、一人ひとりに合った賃金体系や組織のルールをつくっていくことが求められているんです。この1年で組織づくりがうまくいったら、私はまたひとつ歩みを進められるような気がしています。
―組織づくりに取り組まないといけないと思ったのは、何かきっかけがあったんですか?
池田:事業については、メンバーに任せたほうがうまくいくのがわかってしまったんですよね。それでも、2期目ぐらいまでは自分の力である程度のことはなんとかなると思っていました。考えが一変したのは、CDO(Chief Data Officer)を務める石川との出会いです。彼は以前、あるスタートアップ企業でデータサイエンティストとして働いていて、大分に旅行へ来ていたタイミングで知り合いました。その頃、私は1人目の社員である妹と一緒に電卓で計算しながら在庫管理していたのですが、その作業を石川が自動化してくれたんですよ。そうしたら、それまで何時間もかけていた作業が一瞬で終わるようになって。
―DXですね。
池田:革命が起こりました。それと同時に、得意な人に任せることで仕事の質はこんなにも変わるんだと痛感したんです。これも当たり前の話だと思うんですけれど(笑)。一方で、私が苦手なことがあるように、石川にも苦手なことがあるんですよ。そのうちのひとつが組織づくりだと思うんです。メンバーそれぞれのスキルを活かせる環境を整えるのは、経営者である私の役割だなって。
―実際に取り組んでみていかがですか?
池田:楽しいですね、なんだか『ONE PIECE』みたいで。登場人物をメンバーに割り当てて考えることもあって、今はナミとゾロとウソップとチョッパーがいるイメージ。今度はどんな仲間が増えるのかなと想像してみることもあります。
HAA時間が生まれる機会をもっと
―さきほど7月から4期目がはじまるとおっしゃっていましたが、どんな1年にしたいと考えていますか?
池田:4期目は、踊り場かなと思っていて。5期目、6期目で飛躍するために、いろんなことを仕込んでいきたいんですよね。私たちは、深呼吸できる余裕のある時間のことを「HAA時間」と呼んでいるのですが、商品を愛用してくださる方のなかには「今日はHAAできました」とか「そろそろHAAしないといけないですよね」とか、行動に紐づけて「HAA時間」を語ってくれるんですよ。そうした事例が生まれる背景をもっと言語化したり、知ってもらう機会をつくったりするために、コミュニケーションの機会を増やしていければと考えています。
―具体的に考えていることはありますか?
池田:ひとつは、妹と一緒にPodcastを。私自身、まだ深呼吸が上手にできているわけではないので、HAAできる体験をいろいろ探っていく予定です。あと、少し前にフリーアナウンサーの堀井美香さんにご協力いただいて朗読会を開催したのですが、会場全体が「HAA時間」に包まれたんですよ。まるでお湯に浸かっているような感覚になれて最高でした。こういう体験を増やしていきたいなと考えています。
―ちなみに、その先のことも考えていますか?
池田:これは起業前から構想していることですが、事業ポートフォリオを増やしていきたいんですよね。プロダクト、体験、ITって。今は入浴剤ブランドとして認識されていると思うんですけれど、湯治文化を通して日常に深呼吸を届けることが目標なので、もっといろんなことができるはずなんです。理想とする世界観に対する解像度はかなり高くあるので、それを実現させるために一歩ずつ着実に進んでいければと思います。
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池田佳乃子さんのパフォーマンスアップのためのルーティーン
「毎日のお風呂」
私にとって毎日のお風呂は、すごく大切な時間です。HAAの入浴剤を入れてから、「SHEEP」というブランドのアロマキャンドルを灯して1時間ぐらい。お湯のとろみと精油の心地よい香りを感じながら、その日に起きた出来事を振り返ったり、本を読んだり、明日のことを考えたりしていると、思考が整理されるし、体の疲れも取れるし、心もリラックスできるから、一石二鳥どころか三鳥ぐらいの気持ちでいます。
池田佳乃子さんのおすすめのワークツール
「フィルムカメラ」
忙しなく働いていると日々の出来事ってすぐに忘れてしまうんですよね。だから最近は、高円寺のカメラ屋で購入した中古のフィルムカメラで、自分の心が動いた瞬間だけシャッターを切るようにしています。今ってフィルムが高騰しているから気軽には撮れなくて、使い切るのに3ヶ月くらい。現像に出して戻ってきたら、そのときの出来事を振り返りながら裏側にメモを書きます。「経営合宿。みんなでカップ麺を食べている」とかって。それをアルバムに収めていくと「自分の心が動いた瞬間集」みたいなものができあがるので、忙しすぎて心が折れそうなときに見返すようにしています。そうすると、生きているなっていう実感が湧き上がってきて踏ん張れるんです。
LOGIC | CULTURE
教養としてのカルチャーを楽しみながら学ぶ。
「ビジネス映画学」第9回
『トップガン マーヴェリック』
近年、ビジネスの現場において、ブランディングという言葉を耳にする機会が増えました。他にはない自社の”強み”をきちんと見極め、そこにフォーカスして価値づけすること。飽和したマーケットにおいて勝ち抜くためには、それが必須になっているということでしょう。さらに言えば、そのことを通して、”弱み”と思われる部分から目を逸らさせることも重要かもしれません。今回はそんなブランディングの一例を、『トップガン マーヴェリック』(以下、『マーヴェリック』)を通して確認していきたいと思います。
本作が1986年公開のヒット作『トップガン』の続編であることは言うまでもないでしょう。『トップガン』は、アメリカ海軍エリート・パイロット養成学校(通称トップガン)を舞台に、主人公マーヴェリックの挫折と成長を描いた青春ドラマで、彼を演じたトム・クルーズの出世作として知られています。
同作の”強み”は、なんと言っても圧倒的な迫力の飛行シーン。ところが、トムはそこに不満が残ったようです。なぜなら、戦闘機のコックピットに乗り込んで撮影されたものの、彼自身を含む大半の出演者に訓練経験がなく、強烈な重力加速度に耐えることができなかったから。結果、かろうじて本編に使用できた操縦シーンは、クルーズのものだけだったそうです。
ゆえに『マーヴェリック』では、トム演じるマーヴェリックがトップガンの教官となり、若手を育成する側に。”強み”を徹底的に伸ばすことから始めました。トムと一緒に本作の共同プロデューサーを務めたジェリー・ブラッカイマーはこう語っています。
「熱心な飛行士であるトムは、俳優たちが戦闘機F-18に搭乗できるようにするために、3カ月間の訓練プログラムを考案しました。まず、小型のプロペラ機に乗せる。次にアクロバットでの飛行訓練。そしてジェット機、といったように。これは、重力加速度に耐性をつけるために必要なんです。1Gが自分の体重分に相応するのですが、F-18に乗るには7〜8Gに耐えなければいけません」
こうした事前準備が実を結び、本作ではトムを含む実際の俳優たちによる戦闘機の操縦シーンがふんだんに使われ、前作以上の迫力を獲得するに至ったわけです。その結果として、前作を凌ぐどころか、北米歴代興行収入では5位の成績を収めることにもなりました。
ところで、この実際の俳優による操縦シーンの多用は、もうひとつの”強み”を引き出すことにも繋がっているように思います。コクピットで操縦するトムの顔のアップを、無理矢理にではなく自然と、画面に絶えず映し出すことを可能にしたのです。ゆえに、本作は圧倒的な迫力と同時に、トムの”強み”である甘いマスクが印象に残る作品に仕上がっています。
そうやって観ていくと、あることに気がつきます。それは、操縦シーンでなくても、彼の全身を映したシーンがほとんどないこと。基本的に彼は顔のアップもしくはバストアップで撮られて、足が映らないのです。映ったとしても、バーの椅子に座っていたり、バイクを運転したり、地面にはつきません。これは”地に足がつかない男”としてのマーヴェリックを、具体的な映像によって表現しているのかもしれません。だから、最後の最後で、想いを寄せる女性ペニーと並んで地上に立つ全身ショットは、「ようやく地に足がついたんだな」と感動できるわけですが、ここではあえて、その瞬間、トムがヒールの高いウエスタンブーツを履いていることに注目してみましょう。
トムはハリウッド俳優の中では、少しだけ身長が低いことで知られています。もちろん、それが彼の”弱み”だなどと言うつもりはありません。しかし、それが理由で役を降板させられたり、あるいは最近さらに身長が縮んだことを憂慮していると語ったりしているので、コンプレックスではあるのでしょう。本作が彼の足を見せないのは、そのことから目を逸らせるための操作かもしれませんし、例のウエスタンブーツは、ペニーを演じたジェニファー・コネリーと並んだとき、身長差を作るための工夫だったのかもしれません。少なくとも、そんな穿った見方ができる余地が、本作にはあります。
もちろん、多くの観客はそんなことは気にせず、本作の操縦シーンの圧倒的な迫力と、そのときに映されるトムの甘いマスクのアップを堪能したことでしょう。それが本作の正しい楽しみ方であることは間違いありません。ただ、もう少し細かく観ていくと、「何を為し、何を為さないべきか。あるいは、その何かを為さないために、何を為すべきか」というブランディングの基礎が、本作からは学び取れるような気がします。
鍵和田 啓介
1988年生まれ、ライター。映画批評家であり、「爆音映画祭」のディレクターである樋口泰人氏に誘われ、大学時代よりライター活動を開始。現在は、『POPEYE』『BRUTUS』などの雑誌を中心に、さまざまな記事を執筆している。
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(この記事は2024/05/22にNewsletterで配信したものです)